将来の社会構造を予測する

 現在、新型コロナパンデミックによる世界的な混乱と不況が発生し、将来の見通しがつかない状況の中、社会不安が増大する傾向にあります。
 こんな時こそ、事態に適切な対応をとりつつも、将来の社会構造とそのニーズは何か考えて、そこに価値を提供する備えをしておきたいところです。
 そこで、将来の社会構造を予測し、変化の過程やビジネスチャンスは、どのようなものか、考察してみたいと思います。

 

現状の社会構造について


災害は忘れた頃にやってくると言いますが、大きな外部環境のリスクは、事前に発生を予測できません。
正しく言えば、事前にそうした事態を予測し、社会に警告を発していた人達は必ずいますし、そうした題材の映画等も多くあります。しかし、人間は脅威が実感できないことは、どれほど警告されても、準備したり、お金をかけることができないものです。
特に組織(政府・行政、企業など)の意思決定というのは、そういうものと常に実感しています。

最近でも、家畜の疫病では、口蹄疫や豚コレラなどのパンデミックが発生していました。カエルツボカビ病などは、世界で両生類の激減を引き起こしています。
人類史に中にも、多くのパンデミックがありましたが、現代社会で多くの人間が世界を自由に移動・交流できる状況で、家畜より人間同士の方が、遥かに接触も移動も数も多いわけですから、その状況で人間に世界的なパンデミックが発生しなかったのは奇跡だと内心思っていました。

新型コロナパンデミックも「ついに起こったか」感が強いのですが、事前に対応できた国はありませんでした。

どうして事前に対応できないかと言えば、人間特有の認知バイアスが影響しています。
具体的なメカニズムとして、社会的地位のある人は、誰でも現状の社会生活を維持したいと考えています。もし、事前に予防的投資した場合、災害が起こらなければ「お金の無駄使い」と責められる可能性があり、多くは投資的(お金のかかる)な事前の準備はできません。
実際に、何か不測の事態が起こると、対応を取る立場の人間は、その責任が自分に及ぶことを避けたい心理があります。
そこで、事態を過小評価したり、隠蔽して、事なかれ主義で嵐が過ぎるのを待とうとします。
被害が目に見えてきても「自分だけは大丈夫、なんとかなる」と思いたくなります。
その結果、組織を構成する各個人が善良な市民でも、組織の意思決定は、いとも簡単に組織利益が人命を優越してしまいます。

特に、日本の後手後手感が目立ちますが、日本のような年功序列、終身雇用社会というのは、先輩が選んだ後輩に権力を譲り渡していくものです。そのような人材の流動性が極端に低く、意思決定層の平均年齢が60代、70代で、かつ自分でリスクをとった経験がない人が大部分という社会構造を持つ国では、そもそも迅速な意思決定は不可能であったと言えるでしょう。
また今後も、その社会構造が変わることがなければ、事なかれ主義、対応の遅さは改善されることはありません。

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