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リスクを取って挑戦してきてよかったと思えた体験談

自分で考えて決断し、リスクを取って挑戦してよかったと思える体験談を書いてみようかと思います。
 
 私が30代も半ばの頃です。新卒から10年以上務めた建設コンサルタント会社(建設技術サービス分野)が経営破たんし、中途退職しました。
 既に技術士も取得しており、退職後は、しばらくは無職のまま、のんびりしながら経営マネマネジメントの勉強をしようと考えていました。
 
 当時は建設市場が大縮小している建設冬の時代でした。
 将来の建設市場は、デザインビルド、CM、PM、PFIが主流になると言われていたもので(全然そうなりませんでしたが)、マネジメント知識が将来重要になるはずです。

そのため、技術士と経営マネジメントの知識を持っていれば、面白い人生が歩めそうだと考えていました。
 過去に、経営改革提案で管理職グループから「君はマネジメントを知らない」の一辺倒で青二才扱いされて、受け入れられない経験があり、せっかく勉強するならマネジメント知識の証明になるものを取得しようと考えていました。
 形になるものとして、中小企業診断士か、MBAの取得を考えましたが、MBAで学校に通うのは、自習派の私にとって苦痛です。
 また、学費も卒業までに数百万円はかかります。
そこで、中小企業診断士を独学で目指すことにしました。
 
 しかし、周りの先輩や上司は、「職歴に空白が空けば、君を雇う会社はどこもない」「経営マネジメントの勉強なんて意味ない」「すぐに就職しろ」というような、不安をあおるような話を吹き込んできます。自分では用意周到なのですが、周りにはあまりにも無謀でハイリスクに感じるようです。
 
 そんなありがたい助言も気にせず、無職生活に入りました。朝から図書館にいって、勉強しましたが、社会人になってからの勉強は、半分、遊びでもあり、楽しいものです。2年で 少なくとも2000時間以上は勉強したと思います。
 しかし、中小企業診断士は、2年目も合格できませんでした。
 どうも、本番試験でケアレスミスしちゃうんですね。資格試験予備校にも通わず、模試も受けず、独学の限界だったのかもしれません。
 とても楽しい二年だったのではありましたが、のんびりしすぎました。

 当時、35歳転職限界説といわれている時代で、既に36歳目前、独身無職、空白2年以上、貯金もだいぶ減ってきて、さすがにやばい状況になってきました。

 そんなある時、深夜放送を見ていたら、若手の芸人さんが、フランスを旅するような番組をやっていて、その中で、パリ郊外で迷って、偶然通りかかった日本人ビジネスマンに、助けてもらう場面がありました。
 その時は、「日本人ビジネスマンかっこいい!」、「どうやったらこんなキャリア歩めるんだよ」、「それに比べて俺は30代後半無職で、今年も診断士試験にまた落ちて、これからどうしようか」などと考えていました。

 中小企業診断士は2年で取れませんでしたが、なんとかマネジメント関連の仕事をしようと、二年以上の空白期間後、就職活動を始めました。
すると、案外あっさりと、大手コンサルタントのマネジメント部門に就職できました。絶不況の当時でも結構雇ってくれるものです。
入社時36歳で、しかも職歴空白2年以上だったので、意外でした。
「二年間マネジメントの勉強をしていました」で結構みんな面白がってくれます。
技術士を既に持っていた点も利いたと思います。
 「経歴に空白があるとどこも雇わない」などと吹き込んでいた人は何を根拠に言っていたのでしょうか?

 入社してしばらくしてから、ある時、国交省所管の研究機関に出向している社員が急遽、家業を継ぐために辞めるので、私が代わりに行けというのです。
 その人は、有名な欧米の投資会社出身で、海外MBAも持っているすごい経歴の人でした。そこは、欧米の建設マネジメントや公共調達制度を研究する部署でした。
 英語もろくにできない私に務まるかと不安でした。毎日、契約制度や過去の研究成果を勉強し、なんとか頑張りました。
 国の本省等を相手にした仕事で、大変充実した日々を過ごすことができました。
 もともとの技術知識とマネジメント知識が生かせる理想的な仕事で、とてもためになりました。

 調査では、欧米の行政機関や民間企業(建設系のコンサル会社、施工会社等)へのヒヤリングは欠かせません。欧米各地を調査で回ることも多かったのです。
 その研究機関は、欧州事務所がパリにあり、パリ駐在研究員が、偶然にも私と同じ会社からの出向者でした。
欧州調査のときに、夜にみんなでご飯を食べに行った時のことです。
その欧州事務所の研究員が、「1年前に、パリの郊外で迷っている日本の若手芸人の人を、いろいろ助けた。」という話を始めたのです。

 なんとその同僚は、私が診断士試験連続失敗、無職だった頃に、悶々としながらテレビで見たあのカッコいい日本人ビジネスマンだったのです。
 当時、テレビで見て「うらやまし~」人が、1年後に同僚になってフランスで一緒にご飯を食べているという状況に、不思議さを感じました。
 その時は、「自分を信じてリスクをとって挑戦をしてきて、本当に良かったな~」と心底思いました。
 
 その後、診断士も諦めずに挑戦を続けて、苦節4回目の受験で合格することができました。
 合格した時は、本当に嬉しくて、独立の妄想が膨らんで、そのまま独立してしまいました。
 「せっかく大手コンサルに中途で入ったのに、もったいない」「きっと失敗して後悔するぞ」などとさんざん言われてきました。
 実際は、独立後に一時期、体を壊したこと以外は、楽しいことばかりでした。
 無収入の時期もかなりありましたが、その時も、考え抜いて仮説を立てて、リスクを負って、情報収集や投資的活動をしていたので、充実していて楽しかったです。

 言えることは、リスクを負って挑戦を続けると、楽しいことばかり巡ってくるということ、自分で考え抜いて決めた結論は、大抵の場合、他人の助言より正しいということです。

 皆さんも自分で考えて、考え抜いた結論なら、多分それが正しいです。
自分を信じて頑張りましょう。

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