中小企業診断士独立体験記 その1 本当に楽しかった1,2年目

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中小企業診断士を取得し独立してから、10年になります。

独立体験記は、企業内診断士や勉強中の人に興味のあるテーマであることがわかっていましたが、これまではあまり書く気力がありませんでした。
というのも、診断士の本やブログでみる独立体験とかなり異なっているからです。
独立したけど全然仕事がありませんでした。というような話です。
そのため、経営コンサルタント経験ゼロで独立して、最初の5年目くらいまでは、バタバタと悪戦苦闘していました。
しかし、今思い出すとその頃は楽しかった。懐かしいです。

そんな中でも生き残ってきたことから、独立10年を記念して、かなり亜流の体験記になると思いますが、
これから独立する人に何かの役に立つこともあると思うので、この頃の体験を時系列的に書いてみたいと思います。

診断士勉強中は、独立している若手診断士のブログなどを見てうらやましさを感じていました。
その頃、技術コンサルタント会社に勤務しており充実していましたが、合格まで4年もかかったこともあり、嬉しさとともに、独立に挑戦したくてたまらなくなりました。
当初は、副業でなんて虫の良いことを考えていたのですが、会社は副業禁止だったこともあり、キッパリやめて、独立することに即決しました。
独立を決めた後から、周囲からはかなり反対もありましたが、ここは乗り切りました。

独立したらブログ等にあるように、先輩の診断士から次々と仕事が舞い込んできて大忙し、自分にも独立したらそんな世界が待っていると本気で信じていました。
独立前の戦略としては、まずは、ネットワークをたくさん作り、先輩から仕事を紹介してもらい、さらに、公的機関のサブマネ等で安定収入を確保しつつも、実績を作り、というような構想を持っていました。
考えは甘いかもしれないが、とりあえず、3年くらいやれば、なんとかなるだろうと楽観していました。

合格後、忙しくて実務補修も受けていなかったのですが、会社を退職してからようやく実務補修を受けました。
よく、実務補修の先生が独立後に世話してくれる話があるのですが、私の場合、夏に実務補修を受けたこともあり、3回とも違う先生でした。
そのためあまり深い関りがなく、「君は、一人で食っていけるだろ」とか「俺はもう3人も新人の面倒見ているんだ」なんて言われて、独立後の支援は無理そうでした。

そこで、まずはネットワーク作りと、プロコン塾に行ったり、協会のあちこちの研究会に参加したりしました。
プロコン塾は、十数名の同期塾生中、独立する人は2,3名しかいませんでした。
診断士協会の研究会では60代が多くて驚きました。「独立したけれど、仕事がありません」的なアピールをしていたのですが、青二才扱いされたり、「どうせ無理だろうけどがんばれよ」などと相手にされません。
自虐ネタは却って逆効果だったような気がします。

研究会には、同年代で独立した新人も結構いて、知り合いになったりしました。
当時は、若手だけの独立のための研究会もあって、そこには30人以上は若手が集まっていて壮観でした。
研究会幹部の方々の周りに新人診断士が群がっていて、幹部の先生達は輝いて見えました。
私には、とてもその新人に混ざって幹部とのお話しに食い込んでいくガッツはありませんでした。
研究会後の飲み会なども、末席の方に座って、同じく食えない新人同士で、名刺交換したり、どうしたら食えるのか、などと話しあっていたものです。幹部とはほとんど会話した記憶がありません。
食えない人が集まっても、あまり意味はないかもしれませんが、同じ独立仲間がいて楽しかったです。

結局、本やブログでみた、次々に仕事を紹介してくれる先輩には、私は出会えませんでした。
ただ、周りで知り合った新人からは、実務補修の先生の紹介で、支援機関の半常駐の仕事を貰ったとか、そういう話は聞いていたので、あるのかもしれません。
支援機関のサブマネ等は、公募でさんざん応募しましたが、全滅でした。
いろんな支援機関に専門家登録もしましたが、全然依頼がありませんでした。
まったくの想定外でした。なんで?  結局、10月ごろに独立して、半年くらいは診断士の仕事はゼロでした。

そこで、今度は、経営コンサルタント会社などに、案件ベースでフリーランスとして使ってくださいとアプローチをしました。これなら、企業側は必要な時だけ使えばよいし、ダメならすぐ切れるので使ってくれる確率は上がるのではないかと思いました。
無謀にも有名どころにも多くアプローチしましたが、反応は薄かったです。いくつか面談に呼ばれたりしましたが、実態が派遣業のような怪しげな会社もありました。
某、戦略系コンサルタントから、面談と小論文で審査され合格しフリーランスになりました。いろいろ誓約書を書かされました。見習いのため日3万の単価でした。でもフルで埋まれば月60万くらいになるはずで、十分な金額です。

そこで、担当者名を告げられ、4月からエネルギー事業のコンサルプロジェクトにアサイン(初めてこの言葉使いました 一度使ってみたかった(笑))するので、担当者からの連絡を待つように言われました。

その頃、以前の職業である技術コンサル時代のつてで、2月3月は、フリーランスをやっていて、スポットですが月に100万近く稼げていたのです。 4月もお願いされていたのですが、戦略コンサルのプロジェクトに参加するために断って、予定を明けていました。
ところが、4月になっても担当者から何も連絡がこないのです。そこで問い合わせると、プロジェクトの開始が遅れているので、少し待つように言われて、5月まで待ちましたが何も連絡がありません。そこで再度問い合わせると、今度は完全無視でした。
戦略コンサルとしては老舗らしいのですが、いい加減さに呆れました。
こちらは月100万の仕事を断って待っていたのに、ぷんぷん。ここで予定は真っ白です。

めげずに、次は、国内の老舗のコンサルで、建設産業向けの業種特化コンサル部門のフリーランスになりました。
ここは、真面目なしっかりした会社で、本当に幸運にも、部門トップの人にかわいがってもらえて、よい機会をいただけました。
経営コンサル経験ゼロで独立した奴が来た!という感じで、面白がっていただいていました。

お酒好きな人で、地方に出張し、帰りは一緒にベロベロに酔っぱらって帰ってきたものです。
本格的なコンサル会社で、顧客から高い報酬を受け取るコンサルタントというのもはどのようなものか体験できました。
コンサルとしては、当たり前のことをしっかりやるという感じでしたが、実際に実現することへの困難さを感じました。
コンサルの方々は、それは話も上手く、迫力もすごくて、ぐいぐいと引き込んでいく感じです。
確かに、経験ゼロでできるものではないな~、というか、こういうのは俺には無理かもとめげそうでした。
コンサル中にいきなり、「この場合どうすべきか○○君(私)が説明します」などと無茶振りしてくるので、一瞬も気が抜けませんでした。
ここで、いろんな話を聞いたり経験が積めたことがよかったです。お酒を飲みながらかなり面白い話も聞けました。
その他の社員にも本当に親切にしていただけました。
このコンサルタント会社には、感謝の気持ちでいっぱいです。

ここも見習いということで、私の報酬単価は日3万でしたが、収入は、今月は10日稼働で30万、今月は5日だけで15万とかそんな感じでしたが、もともとの技術コンサルの仕事もあり、なんとか食べていけました。
こんな感じで、独立当初1~2年目くらいは、他にもいろいろやりながらネットワーク頼みで暮らしていました。
一時期は、5種類の名刺をもっていたこともあり、俺は何をしているんだろうという感じではありましたが、サラリーマンから経験ゼロでの独立だったので、漠然とした不安を抱えながらも無我夢中でもあり、日々、新しい事の連続で、ギリギリの生活でしたが、この頃は楽しかったです。

その2につづく

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