中小企業診断士によるM&Aビジネスの可能性

   中小企業診断士で、М&Aは、事業継承支援における出口として関わったことのある人は多いと思いますが、М&Aコンサルティングをメインの活動領域としているとしている人は、極少数という印象です。
 個人的にはМ&Aビジネスは中小企業診断士の能力が生かせる局面が多いと感じています。
 中小企業診断士による中小・零細企業のМ&Aビジネスの可能性について、考察してみます。

大廃業時代とМ&Aの意義

 今後は、大廃業時代と言われて、日本企業全体の1/3、経営者が70歳を超える企業の内、127万社が後継者未定の状況になる恐れがあるそうです。(中小企業庁発表 2025年予測)
 また廃業企業の半分が黒字という話もあります。(東京商工リサーチ調査)

 ということは、後継者が見つからず、突然、黒字廃業するような事態が、毎日あちこちで起こっているわけです。
黒字廃業というのは、従業員は職を失い、銀行は貸付先を失い、顧客は調達先を失い、下請け・納入業者は顧客を失い、オーナーは会社を失い、利害関係者からは恨まれるわけです。 
利害関係者全員が大損、金銭的にも心情的にも、むなしいものです。

一方で、М&Aによる事業承継は、やる気も経営資源、経営能力もあり、また、シナジー効果も生かせる会社が事業承継することになり、前記の利害関係者にとって、すべてが得する場合が多いのです。
また、オーナーも売却により創業者利益を確保でき、育てた会社が存続し、発展する可能性もあるのですから、廃業に比べれば満足感も高いでしょう。
そのため、М&Aコンサルティングは、とても社会的意義が高く、やりがいのある仕事だと考えています。 

 

M&Aは売り手市場

М&A市場は、需給的には、圧倒的に売り手市場となっています。
 つまり、М&A仲介業の成否は、譲渡・売り案件を開拓できるかにかかっています。
 じゃあ売り案件開拓は儲かる?と誰でも考えると思いますが、現在、既に会社経営者にはあらゆるМ&A仲介の話や無料セミナー案内が届いています。取引先の社長等に聞いてみてください、大抵、何社からも引き合いが来ています。
 多くの創業社長にとっては、会社を売ることに対しては強い抵抗感を持っています。そこに、あらゆるМ&A営業がくる状況というのは、М&Aコンサルタント=怪しい奴という印象を持っています。
 創業者にとって、会社は人生の集大成そのもので、必要に迫られていても、それを案件化することは大変困難なものです。
 
 そこでМ&A仲介会社は、会社に密着し社長の信頼もある税理士、会計士、地銀等と連携し案件を開拓しています。
 同じく、中小企業診断士も、多くの企業経営に関与していますので、М&Aの売り案件開拓は、中小企業診断士の今後の稼ぎどころとして有望な領域であると思います。

 それでは、中小企業診断士がМ&Aビジネスに関与する形を論じていきたいと思います。

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売り手へのアドバイザリーとは

  一つ目のМ&Aビジネスの有望な分野は、売り手(譲渡)企業へのМ&Aアドバイザリーがあります。
先に述べた通り、創業社長は、М&Aに強い抵抗感と、М&A業者への警戒感を持っています。
しかし、現実的には必要性に迫られている会社はたくさんあります。つまり潜在的な売り手ニーズがたくさんあります。
まずは、社長に対して、М&Aに対する不安や誤解を解いて、正しい認識をもっていただくこと、その中で社長および創業一族の合理的判断で、М&Aを選択していただく、潜在的なニーズを顕在化させて案件化することから始まります。

案件化後は、アドバイザリーとして売り手の利益を最大化するために活動することになります。売り手としては、大切に育てた会社の従業員の雇用や、取引先等の利害関係者との関係を損ねず、地域で存続してもらいたいわけです。そして、なるべく企業価値を高く評価していただきたいと思っています。
 要するに、よい会社に譲りたいと思っています。
 では、優良な買い手企業に、自社を高く評価してもらうにはどうしたらよいのか、企業価値評価はいろいろな方法がありますが、あくまでそれは目安にすぎず、最終的には、買い手が提示し売り手が合意した価格になります。
 最終的には、下記の形になります。

最終価格 = 買い手の考える企業価値 - α(リスク)
 
 高く買ってもらうには、買い手の考える企業価値を高めるか、リスクを減らすしかありません。
 もし、М&Aを将来(数年後に)検討中の顧客であれば、その準備として、「企業価値向上コンサルタント」というのはあり得ます。
 内容は、普通の経営コンサルタントとほぼ同じで、出口で企業の売却を想定しているかどうかの違いだけです。売上、利益を増やし、財務条件を良くして、若い人材を育てて、属人的な経営を見える化するなど、数年かけて行うことが考えられます。
 
 経営が改善すれば、企業価値は、あっという間に増大してしまいます。
 結果として、売るのは惜しい、創業者の息子がやっぱり継ぐと言い出す可能性も十分あります。

 そのため、仲介手数料で稼いでいる普通のМ&A仲介業者は、あまり手を出せない部分だと思いますが、中小企業診断士としては、「企業価値向上コンサルティング」は、有望な部分だと思います。
 コンサルフィーで稼いで、もし将来М&Aに成功すれば仲介手数料報酬も入るわけです。

 では、もう短期的に、すぐに売りたい案件があった場合ですが、その場合は、企業価値を向上している時間はありません。短期的にできることをやるわけですが、買い手にとってリスクを減らすことが必要です。
 つまり、会社の強みや弱み、将来性(機会や脅威)を明確にして、また会社の経営実態を良い部分も悪い部分も明確にして、買い手に提示できるように準備することが必要になります。
 とにかく、悪い部分も隠さずに提示することが重要です。そうしないと後のⅮⅮ等で見つかった場合に、不信を招き、評価価値が大きく下がったり破談になる恐れがあります。
 最終的には、企業概要書というものに、まとめることになります。
これも企業診断と共通点が多いです。買い手に企業を評価していただくためのものです。
 
 さて、買い手候補探しですが、ここがマッチングで重要な点で、まったく同じ売り手企業、同じ企業概要書であっても買い手によって企業価値に対する評価は全く違います。
 М&Aを明確に戦略に位置付けて投資余力を持っている会社で、シナジーや、市場、顧客、技術、人材、いろいろな評価要素が、買い手にとって魅力的であれば、企業価値評価は大きくあがります。
 一般的な評価で企業価値ゼロ、債務超過の会社でも売れる可能性があります。

 高く評価してくれて、現経営者の意向(利害関係者等との関係等)を最大限に満たしてくれる会社探しが重要になります。また、各買い手候補に対する提案方法も腕の見せ所となります。
 その後は、社長面談、基本合意、ⅮⅮ、クロージングと進んでいきます。(詳細は割愛)
 売り手に関するアドバイザリーはそんな感じです。

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買い手へのアドバイザリーとは

   二つ目の中小企業診断士がМ&Aビジネスに関与する形は、買い手に対するアドバイザリーになります。
 現在の日本社会は人口減少、少子高齢化の停滞社会で、多くの産業で市場は横ばいです。
 現在、人材確保難で、海外との競争にさらされない分野などにおいては、需要に対して人材不足で供給能力が足りない、需給的には供給優位の状況にある産業が結構あります。
このような市場環境では、人材を確保できた会社は伸ばしています。確保できない会社は、つぶれていきます。
 現状、伸ばしている会社でも、市場規模は停滞、人材はなんとか確保できているものの、なかなか躍進できないと悩んでいる会社があります。
 こうした、やる気も経営資源、能力も投資余力がある会社にとって、新市場・新顧客開拓、あるいは人材確保、シナジー等の観点で、М&Aは、大変有効な方策になります。


 例えば、新たな地域に進出する時は、その地域では、ゼロからのスタートになり、さまざまな困難が待ち受けているでしょう。しかし、同業の対象地域の会社を買収できれば、顧客、信用、人材、その他もろもろその地域での企業活動に必要な一切が、手に入ります。ゼロスタートより投資効果の発現が遥かに早く、成功確率も高いでしょう。
 
 買い手へのアドバイザリーでは、こうした、やる気も、経営資源・能力も、投資余力もある会社が顧客になります。

 現状のМ&Aビジネスは、仲介手数料収入がメインで動いています。なんといってもそこの金額が大きいからです。
 現在、売り手市場であることを考えると、仲介会社は、売り案件開拓の方にエネルギーを注力している場合が多いと思います。いくら買い案件の数を揃えても、売り案件がなければ商売にならないからです。
 現在のМ&Aのマッチングを見てみると、買い案件を大量に確保しておいて、売り手が見つかると大量の買い手候補を提示し、絞り込んでいく場合が多いように思います。このような仲介マッチングというビジネスは、全国にネットワークを持つ既存の大手が圧倒的に有利で、診断士の出番は少ないかもしれません。
 
 中小企業診断士が買い手へのアドバイザリーとしてМ&Aビジネスに関与していく場合、「優良な買い手企業の開拓」が重要な要素になってくると思います。買い案件の数より質を重視していくことが重要かと思います。
 
 そして、優良な買い手企業の経営状況や経営戦略、経営課題に、中小企業診断士として、深く熟知していることが必要です。
 そうすれば、買い手の経営課題を解決するために、より有効な、М&A戦略の提案ができるようになるでしょう。

 先にも述べたように、買収価格は、最終的には買い手が考える企業価値で決まります。
 例え、一般的な企業価値評価が低くても、買い手企業の経営課題を解決できる何かがあれば、買い手企業にとって企業価値が上がります。
 売り手市場の現状で、優良な売り案件には買い希望が殺到します。最終買収企業が決まる要因として買収価格は大きな部分を占めます。一般論的な企業価値にプラスアルファを付加し、買収価格で勝負できる買い手を確保し、より有効な提案をできれば、多数の買い手から、勝ち残って、買収成約できる可能性が高くなります。
 また、一般的に企業価値が低く、誰も買い手がつかない案件も制約の可能性が出て来ます。
 これは、売り手にとっても買い手にとっても、双方、大きな利益になります。

 具体的に買い手側の実務については、省略しますが、買い手というのは、買収により、債務、リスクを引き継ぐことになりますので、М&A仲介実務においては、リスクのあぶり出しのために、ⅮⅮ(ディーデリジェンス)等が重要であり、法務、財務・税務、労務といった士業・専門家との連携が重要になってきます。
 
 М&Aの買い手企業は、経営目標の達成や、経営課題の解決のために企業買収するのですから、買収成立は、スタート地点に立ったに過ぎず、これから買収企業を、どうやって磨き上げていくかということが最も重要な課題です。
 買収後の会社は、経営者やオーナーが変わることで混乱し、従業員の不安やキーパーソンの離職のリスクもあり、経営のかじ取りに苦労する時期でもあります。
 こうした、買収後の会社を軌道に乗せ、統合できる部分は統合し、買収目的に叶う会社に育てていくことはPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)と呼ばれております。PMIは経営コンサルタントそのものであり、中小企業診断士の能力を発揮できるでしょう。
 親会社(株主)からの依頼でのコンサルティング、または、買収した新会社の経営陣としての参画など、より主体的に経営に関与する機会ができる可能性があります。

 このように買い手に対するアドバイザリーは、経営課題解決のためのМ&A戦略の明確化から、売り案件の発掘、提案、買収支援(各種専門家と連携)、買収後の経営コンサル(PMI)と続きます。
 先に挙げた優良な買い手というのは、より多くの会社を買収したいと考えているのですから信用を得られれば、太く長い、永続的なお付き合いとなるでしょう。

 以上に売り手と買い手両方の中小企業診断士によるМ&Aビジネスの可能性について述べてきましたが、いかがでしょうか?中小企業診断士の能力が生かせる局面が多いと思います。

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М&A仲介は可能か?

   もし、売り手と買い手両方を手掛けることができれば、小さなМ&A仲介会社ということになります。
しかし、М&A仲介で、大手М&A仲介会社と競争して勝てるわけないと考えている人も多いと思います。

個人的な見解ですが、М&Aビジネスと人材ビジネスは、仲介対象が、法人(企業)か、個人(人材)の違うだけなので業態として似ている部分があります。
人材ビジネスにおいては、紙媒体からインターネットの普及によって、○○ナビ等の大手の人材ポータルサイトが構築され、そこが人材業界のインフラになっております。
○○ナビ等の総合人材ポータルサイトは、莫大な広告費をかけて人材を集めます。
そのような人材データベースを、中小人材業者に有料でアクセスさせてビジネスを成立させています。中小業者は、こうしたポータルサイト活用し、求人企業と人材のマッチングを行います。
 そのため、人材を確保する能力のない人材業者でも、ポータルサイトを活用すればビジネスができます(むちゃくちゃ競争は激しいですが)。

 インフラ構築というのは、最強のビジネスモデルで、例えば、大きな河に、橋が一本しかなければ、そこが有料でも対岸に渡るためには、使わざるをえません。橋を架けるには莫大なお金がかかりますが、独占できれば永続的にお金が入ってきます。
 強いポータルサイトというのは、産業のインフラみたいなもので、インフラの保有者が最強です。
 本当に上手い事考えるものですね。
  
 今の中小企業М&Aビジネスは、人材ビジネスの黎明期の状況に近いのかもしれません。
 この10年でМ&A市場は急拡大しておりますが、まだまだ、黎明期で、今後も大廃業時代を踏まえて市場が拡大し続けるでしょう。

 М&A仲介においては、中小零細М&A特化のポータルサイトが構築されており、インフラを作る試みがされています。
これまでは、地域等を超えてのマッチングは難しいものがありましたが、ポータルサイトを利用すれば、幅広く売り手、買い手候補を検索できるようになったため、案件を開拓した中小企業診断士も、М&Aビジネスを行えるようになりました。中小企業診断士のグループで参加しているところもあるようです。
 大手と競合するのではなく、ポータルサイトなどをインフラとして活用して、ビジネスを展開していけば、中小企業診断士のグループでも十分な可能性があると思います。

 こうしたインフラを利用するのか、独立系でいくのか、何と言っても、まだまだ市場黎明期ですから、可能性があります。先行者利益を狙えそうです。
 これから独立を考えている人、ここを、メインの活動領域とするのも一考です。
 

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おわりに


 なぜ、このような記事を書いているかというと
 私自身が業種特化の人材ビジネスを行っておりますが、最近、業界情報網の中でМ&Aの話が増えているからです。
 私の顧客で既に何社も買収している会社も多く、私に譲渡(売り)案件開拓依頼も来ております。
 逆に、零細でありながら、実績、技術力も顧客評価も高く、黒字経営の会社なのに、経営者高齢を理由に、所属技術者を他社に転籍させて、廃業してしまったケースもいくつか聞いており、なんとも、もったいない話だと考えています。

 先にも述べましたが、人材ビジネスと、М&A仲介は、仲介する対象が個人か法人かの違いはありますが、顧客、業態等は類似性が高いと感じています。
 ということで建設技術サービス分野特化のМ&A仲介も開始しました。

 М&Aシニアエキスパート等の資格も既に取得し、今後は、М&A実務家、法務、財務・税務、労務等の各士業・専門家とのネットワークを強化しようと考えております。

 

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