2018年 10月 の投稿一覧

中小企業診断士独立体験記 その5 再始動の5年目

半年も療養のため休業していましたが、専門サイトや会社のホームページを整備してあったこともあり、休業中も毎月数千人がサイトを訪れて、こちらは何もしなくてもどんどん営業してくれます。
ネットというのはありがたい、本当に作っておいてよかったという感じです。

ようやく復活して、仕事を再開しましたが、どうもモチベーションが上がりません。
療養中に、一緒に剥がれ落ちていってしまったような感じです。

ビジネスの原理は、顧客に価値を提供して、報酬を受け取るものですが、主体的に動き出してから、そういうシンプルな視点で、いろんな物事を見るようになってきました。
間接受注で、顧客創造に対して責任を負っていないときは、どこか中途半端でしたが、直接受注を目指すようになってから、こうした匂いに対して敏感になってきました。

断片的な事象、情報、悩みとか、要望等からニーズに対して深く考えるようになりました。
どうすればお役に立てるか、価値提供ができるか、どんどんアイデアが湧いてくるようになり、興味の対象がそちらに移ってきました。

また、コンサルタントのような、時間単価ベースの仕事に専従することについては、限界を感じるようになってしまいました。リスク管理的にも仕組みで儲けるような部分も持つべきとも考えていました。

そこで、もともと取り組んでいた人材ビジネスに注力することにしました。
専門サイトとの連動など人材サイトに人の訪れるような仕組み作りや、また、相談者に対して親身になって、相談に乗ったり、いろいろやっていました。
また、大手の人材ポータルサイトを運営している各社(○○ナビみたいな)が営業に来ます。業者向けの有料サービスが結構あるんです。

そこで、いろいろ質問して情報を仕入れたり、試しに使ってみたりもしました。
また、顧客とする企業からもたくさんの問い合わせがあって、数百人クラスの会社の経営陣や社長などと直接やり取りするのも普通になってきて、ネットワークが広がり情報がどんどん集まるようになってきて、キャリアアップのお手伝いをして、感謝されて、収益にもなるビジネスが、面白くて、夢中になりました。

そんな感じで、5年目終わってみれば、半年休業したものの収益が過去最高でした。といっても、それまでの4年間が低かったので全然大したことないですが、構想通りのビジネスで収益を上げることができたので満足でした。
その後は、人材ビジネスにはまってしまい、重心は、そちらに移っていきました。

独立体験記として、こんな感じです。

今、思えば、独立当初に、仕事を次々に紹介してくれる先輩診断士に出会えなかったことについては、私の性格上の問題が大きいような気がします。見るからに生意気そうな新人に仕事を出す人も少ないと思います。
もし、誰かの下についても上手くいかなかったような気が自分でもしていて、先輩方も敬遠したのかもしれません。
過去に、礼儀にこだわる先輩方を怒らせた経験が何度かあるので、却ってよかったと思っています。

人の縁に恵まれないかと言えば、そうでもなく、特に、独立当初、診断士ネットワークからの受注がなかったからこそ、経営コンサルタント会社にフリーランスで拾ってもらって、かわいがってもらえたこともあり、これは決定的に幸運だったと思います。また、診断士のネットワークは受注にはあまり結びつきませんでしたが、診断士の研究会やその後の飲み会で聞かせていただいた話は大変役に立ちました。
また、技術コンサル時代の上司、同僚など、仕事を振っていただいて生計を維持するのに助かりました。
そのほかにもいろいろな縁や幸運に恵まれています。
捨てる神あれば拾う神あり、世の中は、なるように出来ているような気がします。

独立から現在を振り返って見ても、落とし穴には落ちましたが、大変ラッキーな人間であったと思います。
ただ、リスクを取って挑戦してきたからでもあり、運も実力の内ということで(笑)

独立して成功したかどうかは別として、独立当初はゼロスタートという感じで、試行錯誤でバタバタしていて、何とも楽しかったです。貴重な体験ができて独立して本当によかったと思っています。

この体験記が、誰かの参考になれば幸いです。

私の今後ですが、診断士の勉強を開始、独立、人材ビジネス、と5年節目ごとに新展開しているのですが、そろそろ次の5年目になりますので、新展開を狙って、いろいろと活動を開始しました。

中小企業診断士の研究会にも再び参加しだしたので、どこかで会うこともあるかもしれませんね。

中小企業診断士独立体験記 その4 穴に落ちた4年目終盤

法人化し、なんとか人材ビジネスを立ち上げました。
これから、やることがたくさんあったのですが、どういうわけか4年目になって、専門家派遣や、技術コンサルで、高単価な引き合いが結構来るようになりました。

高単価といっても日5万くらいでしたが、行政マネジメント研究系の業務で魅力がある上に、毎日でも張り付けるのでかなり稼げます。
間接受注は、自分の本意ではありませんし、やるべきこともたくさんあるのですが、前年に年収200万と苦戦していたことや、恩になった人からのお願いだったので、受けることにしました。

なんと、4年目にしてお仕事が絶好調状態になりました。ちょっと俺って売れっ子みたいだな~とうれしくもありました。
そんな感じで切り盛りしていたのです。人材ビジネスの方は、立ち上げたものの、いろいろなマーケティング作業に手が回りません。

好事魔が多しという諺がありますが、正にその通りで、大きな穴が待ち受けていたのです。

受注した業務も、80%くらいは出来上がり、年内には作業の目途が立ちそうでした。
しかし、何か月か疲労が蓄積し、どうも調子が悪かったのですが無理していました。

そして、年末に近い頃ですが、突然、猛烈に体調が悪くなり、寝込んでしまいました。

当然、仕事には大穴を空けて、顧客には迷惑をかけてしましました。

地元の医者を回っても、あまり検査もしてくれない上に原因不明でした。
最初の一か月は、高熱と肺炎も併発し、本当に苦しかったです。
その後も、多少持ち直したものの、ひどく弱ってしまい、検査入院しましたが、幸いにも検査は異常なしです。

あとは自力で治すことにしました。
自分の見立てでは、最初の一か月は何らかのウイルス性の病気で、その後は、その後遺症だろうと考えていました。
しばらく療養に専念で、ひたすら、歩いて、スポーツクラブで負荷の軽い運動をして、サウナやジャグジーでほぐし、栄養管理に注意し、睡眠をしっかりとり、と考えられることをすべてやってみました。

仕事は大穴を空けたことで迷惑をかけてしまいましたが、顧客のみなさんからは、心配していただきました。報酬の受け取りは断っていたのですが、向こうがやった分は払うといって、結構な金額をいただけてありがたかったです。

以前のように戻るか不安でしたが、とにかく、少しづつよくなってきて、半年くらいで、ほぼ回復しました。

体調を崩したのは、厄歳42歳の時でした。世の中、こういう落とし穴もあるのだと思いました。
健康管理は最重要で、40過ぎると無理できないことを痛感しました。
二兎追う者は一兎も得ずですね。命あっての物種で、助かっただけで良しとしました。

その5につづく

中小企業診断士独立体験記 その3 ノリノリだった4年目

3年目にしてようやく主体的に動く覚悟を決め、誰かに頼るのではなく、顧客に直接アプローチすることを目指すことにしました。

独立してから2,3年の診断士やコンサルタント経験において、やる気のない相手に対するコンサルタントほど意味のないものはないと痛感していたので、プッシュ営業と、無料サービスの二つは絶対にやるまいと決めていました。
この二点を守れば、しっかり自腹で報酬を払って、本気でコンサルサービスを受けようと思う人だけ顧客になるはずです。
よって、戦略としては、webによるプル戦略で、提供する価値としては、業種特化のコンサルメニューを整備することにしました。

そこで、収入が減っても無理に仕事を入れず、専門サイトのコンテンツを地道に書き続けました。
また、コンサルメニューやセミナーメニューは作るのは結構しんどいことに気が付きました。いろいろ想定してああだこうだ考えだすと、なかなかサイトに載せる度胸が湧きません。

そこで、手軽にできるものとして経営相談(二時間程度)、報酬3万円(交通費等実費は別)というサービスをやってみました。また、一般向けに無料キャリア相談というのも始めました。(これは顧客ではないので無料です。社会貢献の意味もあります)
ただ、すぐに成果はでませんでした。3年目は、先にも述べた年収200万で最低でした。

自分の中では、これしかないし、いずれ好転する確信がありました。なんとか家族の不満を抑えて踏ん張っていました。

4年目に入ると、運営している4つのサイトは、それぞれ80記事くらいにはなりました。
すると、PVで毎月数万単位、アクセスで数千人レベルになります。50回以上もアクセスしているリピーターも相当数になります。
業界に特化したサイトで、私がメインターゲットとしている業界は10万人くらいの従事者ですが、毎月数千人が見ているとなると、業界内の認知度はかなりあるはずです。
これは、何か起こるぞ、とワクワク感がありました。

その内、期待通り、いろいろな反応がではじめました。
経営相談や、一般向けの無料キャリア相談の他にも、いろんな要望がありました。
意外と、IT系の上場企業からの経営参画依頼や、外資系の有名どころからパートナー依頼が来たりしました。
が、独自路線を行くことに決めたので残念ながら断りました。もったいない話です。
あと、英語ですね。英語でのやりとりを求められることもあり、断った案件も結構あります。もっと勉強しとくんだった~。
こんな感じで、収益にはあまり繋がらないものの、ターゲットしている業界の人との交流が増えていきました。
もともとの出身業界でもあり、詳しいつもりでしたが、交流を通じて、みんなの悩みや、業界動向、ニーズなど新しい知見が入ってくる感じでした。

そうすると、目の前に、ニッチな分野のビジネスチャンスがいくつか転がっていることに気が付きました。
自分の強みが発揮できる内容で、成功確率は高いと思いました。
その一つが人材ビジネスでした。
その頃、図書館を仕事場にすることは卒業して、地元の創業支援施設(コワーキングスペース)を仕事場(支援される側です)としていましたが、そこで、人材ビジネス出身の人と仲良くなり、いろいろ教えてもらったりもしました。

それまで、個人事業でしたが4年目に法人化しました。会社名は「建設経営研究所」としたのですが、seo的に「建設」と「経営」を入れたかったので、この会社名にしたのですが、あまりに大それた名前で、もう少し普通にすればよかったと後悔しています。

そうして、着々と新展開の準備を進めていましたが、どういうわけか、4年目になって、専門家派遣や、技術コンサルで、高単価な引き合いが結構来るようになりました。

その4につづく

中小企業診断士独立体験記 その2 覚悟を決めた3年目

独立1年目は、診断士のネットワークからの受注はだめで、主に経営コンサルタント会社のフリーランス等によりしのいでいました。
独立してから、自宅兼事務所で開業しましたが、普段は、地元の図書館のビジネスルーム(自習室ですね)というところで作業していました。毎日、朝から夕方まで通勤のように通っていました。
そこには、朝から、参考書山積みの資格浪人や、フリーランスっぽい人、その他、何してるのか毎日来ている謎の人もたくさんいました。仲良くはなりませんが、今日もみんな頑張ってるな~という感じで、そんな中に混じっての作業はかなり捗ります。全然稼げませんでしたが、その頃が一番真面目に仕事していたと言えるでしょう。
時間的余裕もたっぷりあったので、図書館にあった本を読み倒したりして、かなり勉強もしていました。
ストイックな生活で充実感はありました。

独立2年目くらいのある時、図書館にあったwebマーケティングの本で、SEOは、会社ホームページ以外に、専門サイトを作ってしまうのが効果があるというような話が載っていて、なるほどな~と感じました。Contents is king!ってやつです。

SNSやブログの日記調の、どこ行った、何食べたみたいなものは、個人的には苦手でやる気がなかったのですがこれなら、やれそうです。
早速、やれることはやってみようということで、ターゲットとする業界専門サイトや、中小企業診断士(このサイトです)、技術士等のサイトを作り、思いつくままに書けることを書いていきました。
もともと、技術コンサル時代は、私情抜きの根拠で固めた報告書ばかり書いていたのですが、雑学大好き、学生時代はラジオの深夜放送大好きだったこともあり、サブカルチックにあれこれ書くのは、案外、向いているようでした。
質はともかく量は書けました。そうして、書き散らしていきましたが、今読むと、誤字も多く赤面してしまいます。

2年目くらいから、先輩診断士からのお仕事や、公的支援機関からの専門家派遣の仕事が来るようになりました。といっても量的には少ないですが、少しづつ増えました。
3年目に思い切って、技術コンサルのフリーランスを辞めて、診断士業一本に挑戦してみました。
引き合いは増えた理由はよくわかりませんが、支援機関には、独立2年以内には出さないというルールある説や、
作っていた専門サイトが効いたのかもしれません。

3年目は、結構、忙しい1年を過ごしたつもりでしたが、収入は200万に届かないくらいでした。平均単価3万くらいだとして、直接稼働が70日、その他準備や報告書等を含めると150日くらいは動いていたかもしれません。
毎年、右肩上がりに収入が上がると思っていたのに、3年目に落ち込んでしまったことで、家族から不満が出はじめました。

私自身も、もう3年目でかなりスキルフルな状況になっているはずなのに結果が伴っていないことに悶々としてきました。

しかし、さすがに3年近くも、いろいろやって、研究会の飲み会等で先輩診断士の話を聞いて、朝から晩までいろいろ考えていると、診断士業界の状況が見えてきます。

偉そうに青二才扱いしてくるおじさん診断士は、実は全然だめとか、逆にちゃんと稼いでいる人、顧問を何社も抱えている人、セミナーで全国引っ張りだこな人など、様々で、いろんなやり方があります。
その時は、自分でもどうやったら経営コンサルタントとして稼げるか、うすうすは気づいていたのですが、それを実行する覚悟がありませんでした。
なぜ、実行できないか理解できない人も多いと思いますが、長年サラリーマンをやっていて、独立してみたものの、いざ、一人で切り込んでいく、あるいは矢面に立つ度胸というか、「覚悟」という言葉があっている気がしますが、踏み出せないんですね。

ある時、コンビニで偶然「7つの習慣」ダイジェストみたいなものを見ていて、一番頭に、主体的であること、主体的でない人は何も達成できない というようなことが書かれていて、ガツンと衝撃を受けたような気がしました。
まさに自分に足りないのはこれだよな~と感じました。フリーランスや専門家派遣など間接受注に頼っていては、制約が多くて、自分の価値が出せないし、あまり稼げません。
顧客に直接アプローチしなければ、これから先はないと、ようやくここで「覚悟」を決めました。

その3につづく

中小企業診断士独立体験記 その1 本当に楽しかった1,2年目

中小企業診断士を取得し独立してから、10年になります。

独立体験記は、企業内診断士や勉強中の人に興味のあるテーマであることがわかっていましたが、これまではあまり書く気力がありませんでした。
というのも、診断士の本やブログでみる独立体験とかなり異なっているからです。
独立したけど全然仕事がありませんでした。というような話です。
そのため、経営コンサルタント経験ゼロで独立して、最初の5年目くらいまでは、バタバタと悪戦苦闘していました。
しかし、今思い出すとその頃は楽しかった。懐かしいです。

そんな中でも生き残ってきたことから、独立10年を記念して、かなり亜流の体験記になると思いますが、
これから独立する人に何かの役に立つこともあると思うので、この頃の体験を時系列的に書いてみたいと思います。

診断士勉強中は、独立している若手診断士のブログなどを見てうらやましさを感じていました。
その頃、技術コンサルタント会社に勤務しており充実していましたが、合格まで4年もかかったこともあり、嬉しさとともに、独立に挑戦したくてたまらなくなりました。
当初は、副業でなんて虫の良いことを考えていたのですが、会社は副業禁止だったこともあり、キッパリやめて、独立することに即決しました。
独立を決めた後から、周囲からはかなり反対もありましたが、ここは乗り切りました。

独立したらブログ等にあるように、先輩の診断士から次々と仕事が舞い込んできて大忙し、自分にも独立したらそんな世界が待っていると本気で信じていました。
独立前の戦略としては、まずは、ネットワークをたくさん作り、先輩から仕事を紹介してもらい、さらに、公的機関のサブマネ等で安定収入を確保しつつも、実績を作り、というような構想を持っていました。
考えは甘いかもしれないが、とりあえず、3年くらいやれば、なんとかなるだろうと楽観していました。

合格後、忙しくて実務補修も受けていなかったのですが、会社を退職してからようやく実務補修を受けました。
よく、実務補修の先生が独立後に世話してくれる話があるのですが、私の場合、夏に実務補修を受けたこともあり、3回とも違う先生でした。
そのためあまり深い関りがなく、「君は、一人で食っていけるだろ」とか「俺はもう3人も新人の面倒見ているんだ」なんて言われて、独立後の支援は無理そうでした。

そこで、まずはネットワーク作りと、プロコン塾に行ったり、協会のあちこちの研究会に参加したりしました。
プロコン塾は、十数名の同期塾生中、独立する人は2,3名しかいませんでした。
診断士協会の研究会では60代が多くて驚きました。「独立したけれど、仕事がありません」的なアピールをしていたのですが、青二才扱いされたり、「どうせ無理だろうけどがんばれよ」などと相手にされません。
自虐ネタは却って逆効果だったような気がします。

研究会には、同年代で独立した新人も結構いて、知り合いになったりしました。
当時は、若手だけの独立のための研究会もあって、そこには30人以上は若手が集まっていて壮観でした。
研究会幹部の方々の周りに新人診断士が群がっていて、幹部の先生達は輝いて見えました。
私には、とてもその新人に混ざって幹部とのお話しに食い込んでいくガッツはありませんでした。
研究会後の飲み会なども、末席の方に座って、同じく食えない新人同士で、名刺交換したり、どうしたら食えるのか、などと話しあっていたものです。幹部とはほとんど会話した記憶がありません。
食えない人が集まっても、あまり意味はないかもしれませんが、同じ独立仲間がいて楽しかったです。

結局、本やブログでみた、次々に仕事を紹介してくれる先輩には、私は出会えませんでした。
ただ、周りで知り合った新人からは、実務補修の先生の紹介で、支援機関の半常駐の仕事を貰ったとか、そういう話は聞いていたので、あるのかもしれません。
支援機関のサブマネ等は、公募でさんざん応募しましたが、全滅でした。
いろんな支援機関に専門家登録もしましたが、全然依頼がありませんでした。
まったくの想定外でした。なんで?  結局、10月ごろに独立して、半年くらいは診断士の仕事はゼロでした。

そこで、今度は、経営コンサルタント会社などに、案件ベースでフリーランスとして使ってくださいとアプローチをしました。これなら、企業側は必要な時だけ使えばよいし、ダメならすぐ切れるので使ってくれる確率は上がるのではないかと思いました。
無謀にも有名どころにも多くアプローチしましたが、反応は薄かったです。いくつか面談に呼ばれたりしましたが、実態が派遣業のような怪しげな会社もありました。
某、戦略系コンサルタントから、面談と小論文で審査され合格しフリーランスになりました。いろいろ誓約書を書かされました。見習いのため日3万の単価でした。でもフルで埋まれば月60万くらいになるはずで、十分な金額です。

そこで、担当者名を告げられ、4月からエネルギー事業のコンサルプロジェクトにアサイン(初めてこの言葉使いました 一度使ってみたかった(笑))するので、担当者からの連絡を待つように言われました。

その頃、以前の職業である技術コンサル時代のつてで、2月3月は、フリーランスをやっていて、スポットですが月に100万近く稼げていたのです。 4月もお願いされていたのですが、戦略コンサルのプロジェクトに参加するために断って、予定を明けていました。
ところが、4月になっても担当者から何も連絡がこないのです。そこで問い合わせると、プロジェクトの開始が遅れているので、少し待つように言われて、5月まで待ちましたが何も連絡がありません。そこで再度問い合わせると、今度は完全無視でした。
戦略コンサルとしては老舗らしいのですが、いい加減さに呆れました。
こちらは月100万の仕事を断って待っていたのに、ぷんぷん。ここで予定は真っ白です。

めげずに、次は、国内の老舗のコンサルで、建設産業向けの業種特化コンサル部門のフリーランスになりました。
ここは、真面目なしっかりした会社で、本当に幸運にも、部門トップの人にかわいがってもらえて、よい機会をいただけました。
経営コンサル経験ゼロで独立した奴が来た!という感じで、面白がっていただいていました。

お酒好きな人で、地方に出張し、帰りは一緒にベロベロに酔っぱらって帰ってきたものです。
本格的なコンサル会社で、顧客から高い報酬を受け取るコンサルタントというのもはどのようなものか体験できました。
コンサルとしては、当たり前のことをしっかりやるという感じでしたが、実際に実現することへの困難さを感じました。
コンサルの方々は、それは話も上手く、迫力もすごくて、ぐいぐいと引き込んでいく感じです。
確かに、経験ゼロでできるものではないな~、というか、こういうのは俺には無理かもとめげそうでした。
コンサル中にいきなり、「この場合どうすべきか○○君(私)が説明します」などと無茶振りしてくるので、一瞬も気が抜けませんでした。
ここで、いろんな話を聞いたり経験が積めたことがよかったです。お酒を飲みながらかなり面白い話も聞けました。
その他の社員にも本当に親切にしていただけました。
このコンサルタント会社には、感謝の気持ちでいっぱいです。

ここも見習いということで、私の報酬単価は日3万でしたが、収入は、今月は10日稼働で30万、今月は5日だけで15万とかそんな感じでしたが、もともとの技術コンサルの仕事もあり、なんとか食べていけました。
こんな感じで、独立当初1~2年目くらいは、他にもいろいろやりながらネットワーク頼みで暮らしていました。
一時期は、5種類の名刺をもっていたこともあり、俺は何をしているんだろうという感じではありましたが、サラリーマンから経験ゼロでの独立だったので、漠然とした不安を抱えながらも無我夢中でもあり、日々、新しい事の連続で、ギリギリの生活でしたが、この頃は楽しかったです。

その2につづく

中小企業診断士資格の役立った点(10年目の感想)

いろいろな資格関係のサイトを見ていると、中小企業診断士は「食えない」とか、「役に立たない」ような書き込みが多く驚くと共に、残念に思うことがあります。

私は独立して10年になりますが、中小企業診断士を取得して後悔したことは一度もありません。
私は、診断士の他に技術士等も取得していますが、役立った資格としては、中小企業診断士が間違いなくナンバーワンです。
この資格がなければ、現在のような独立などは考えられなかったと思います。

そこで、中小企業診断士の有用性について、独立後もうすぐ10年になった時点での感想を書いてみたいと思います。

中小企業診断士の勉強内容は、経営マネジメントの勉強ですが、極論すると商売によるお金の稼ぎ方と、目標達成方法やリスク管理方法を一生懸命勉強するものです。
そして、チャレンジした人の中から数%しか合格できない資格です。
おかげで、私も合格までに苦節4年間、3000時間以上は商売方法やマネジメント(目標実現方法)について勉強しました。

中小企業診断士は、独占業務がないので稼げないという話がありますが、独立後の生計の立て方で言えば、
独占業務のある他の士業は、独占業務のある仕事をして稼ぐのに対して、中小企業診断士は、お金の稼ぎ方と、目標実現方法を勉強して、それを実践するという感じかと思います。

中小企業診断士合格者は、30代~50代が多く、それぞれ皆が各業種、業界での経験があります。独立後は、これまで身につけた専門分野の知識と、診断士の知識を合わせて何かをするという感じかと思います。
※中小企業診断士は、公的支援が実質的な独占業務であるという話がありますが、私の場合、あまり恩恵にあずかれなかったので、あまりよくわかりません。

また、弁護士や会計士は20代からのスタートが多いですが、中小企業診断士は30代~50代の合格者が多く、中年がこれまでのキャリアにプラスして更なる展開を狙うという点が面白いと思います。

私個人が、独立10年目で中小企業診断士を取って本当に良かったと思う点は、ビジネスチャンスを見つける目利きや、そのチャンスを捉えて、リスクをとって(リスクを管理しながら)実現する方法がわかったことです。
現実は試行錯誤の連続でしたが、診断士の資格勉強や、独立後の先輩診断士や経営者と直接話をして得られた経験がどれほど役に立ったか、わかりません。

30代後半で、経営コンサル経験ゼロで独立した時も、周りの人は、独立→借金→失敗→破産、夜逃げなどという、構図しか思い浮かばないようで、呆れられました。私も、もし中小企業診断士をもっていなければ、独立など思いもよらず、今も、サラリーマンをしていたでしょう。

独立するかどうかは個人の志向なので、独立を勧めるわけではありせん。
ただ、「目標実現能力」と「お金を稼ぐ能力」は、何をやるにしても必要とされる能力で、絶対に無駄になることはありません。
少なくとも、中小企業診断士を取得して後悔している人は見たことありません。
最上の欲求レベルである「自己実現」を達成するためにも、最適な資格と言えるでしょう。

じゃあ、「中小企業診断士はとらなくても、俺は、経営の知識あるから大丈夫」という方がいるかもしれませんが、
診断士の勉強は、体系的な知識がつけられる。学習目標到達点指標にできる。能力の証拠となる。他の診断士とのネットワークができる等のメリットがありますので、資格挑戦している人、頑張ってください。